月魄
げっぱく
名詞
標準
文例 · 用例
二月みなかみにふとひらめくは、 月魄の尾根や過ぎけん。
— 宮沢賢治 『文語詩稿 一百篇』 青空文庫
晴代は新らしい自身の職場を求めるのに、特にこの月魄を撰んだ訳ではなかつた。
— 徳田秋声 『のらもの』 青空文庫
しかし構へを見ただけで、ちよつと怯気のつくやうな派手々々しい大カフヱも何うかと云ふ気もして、ちやうど「女給募集」の立看板の出てゐるのを力に、いきなり月魄へ飛びこんだ訳だつた。
— 徳田秋声 『のらもの』 青空文庫
晴代の来たてには、その女もまだ「月魄」に出てゐて、何うかすると物蔭で立話をしてゐたり、二人揃つて出勤することもあつたが、何時の間にか女は姿を消してしまつた。
— 徳田秋声 『のらもの』 青空文庫
声もなき悲願の通夜のすすりなき薄らの闇に深みゆく、あはれ、法悦、いつしかに篳篥あかる谷のそら、ほのめき顫ふ月魄のうれひ沁みつつ夢青む忘我の原の靄の色。
— 北原白秋 『邪宗門』 青空文庫
早川の対岸に、空を劃つて聳えてゐる、連山の輪廓を、ほの/″\とした月魄が、くつきりと浮き立たせてゐるのであつた。
— 菊池寛 『真珠夫人』 青空文庫
早川の対岸に、空を劃って聳えている、連山の輪廓を、ほの/″\とした月魄が、くっきりと浮き立たせているのであった。
— 菊池寛 『真珠夫人』 青空文庫
十日|比の月魄が池の西側の蘆の葉の上にあった。
— 田中貢太郎 『おいてけ堀』 青空文庫
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『月魄』(つきしろ)は、1908年(明治41年)に発表された菊池幽芳による日本の小説であり、同作を原作とし、1912年(明治45年)に福宝堂と横田商会、1922年(大正11年)に、松竹蒲田撮影所、1923年(大正12年)に松竹下加茂撮影所、1932年(昭和7年)に新興キネマ、1938年(昭和13年)に大都映画でそれぞれ製作・公開された日本の劇映画である。
出典: 月魄 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0