江戸歌舞伎
えどかぶき
名詞
標準
Edo-style kabuki
文例 · 用例
どの人も筆を揃えて、江戸歌舞伎式の俳優の最後の一人であると伝えているが晩年の源之助は寄る年波と共に不遇の位地に置かれて、その本領をあまりに発揮していなかった。
— 岡本綺堂 『源之助の一生』 青空文庫
要するに、彼はあまりに江戸歌舞伎式の芸風であるために、明治の初年はともあれ、明治末期または大正昭和の大劇場には不向きの俳優となって仕舞ったらしい。
— 岡本綺堂 『源之助の一生』 青空文庫
が、去年霜月、半左衛門の顔見世狂言に、東から上った少長中村七三郎は、江戸歌舞伎の統領として、藤十郎と同じくやつしの名人であった。
— 菊池寛 『藤十郎の恋』 青空文庫
それだけに、遠い江戸歌舞伎の夢を追うには聊か便りのよい架け橋を渡って来たとも云い得られる。
— 岡本綺堂 『綺堂むかし語り』 青空文庫
筋はもちろん単純なもので、これまでいろいろの記録によって想像していたのと大差なかったが、その舞台は豪壮華麗、なるほど江戸歌舞伎の華とはこれであろうかと、つくづく感嘆させられた。
— 岡本綺堂 『明治劇談 ランプの下にて』 青空文庫
それだけに、遠い江戸歌舞伎の夢を追うにはいささか便りのよい架け橋を渡って来たともいい得られる。
— 岡本綺堂 『島原の夢』 青空文庫
銀ぶら道中記(八) 歌舞伎というものは江戸で生れ、江戸で栄えたものであって、江戸歌舞伎の芝居小屋というものの持つ味は、実にこん然と歌舞伎と融け合った感じである。
— 岸田劉生 『新古細句銀座通』 青空文庫
こうした二つの物語をテレコに運んでいく手法は南北にも黙阿弥にも屡見られる江戸歌舞伎の常套的作劇法であるが、それを話術の上へ、こうまで鮮やかに移し植えたは圓朝独自の働きとしていいだろう。
— 「怪談牡丹燈籠」「江島屋騒動」「怪談乳房榎」「文七元結」「真景累ヶ淵」について 『我が圓朝研究』 青空文庫
作例 · 標準
歌舞伎座で、本格的な江戸歌舞伎の舞台を楽しんだ。
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江戸歌舞伎特有の、荒々しくも力強い演技に魅了された。
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「やっぱり、幕府公認の芝居小屋で見る江戸歌舞伎は格別だなぁ」
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