挙母
ころも
名詞
標準
文例 · 用例
流儀は貫心一刀流、国では名うての達者でござりました」「そのお国はどこだ」「三州、挙母――」「内藤様のご家中か」「あい、やまがらの名所でござります。
— やまがら美人影絵 『右門捕物帖』 青空文庫
参河国加茂郡|挙母に福尾荘右衛門と云ふものがあつた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
このプランに従って上述の七部門および綜合一部門を加えて八部門からそれぞれの関係する学界、協会を選挙母体として一〇八名の刷新委員が決定した。
— 宮本百合子 『今日の日本の文化問題』 青空文庫
何故ならばこの委員会も従来の学閥ギルドそのままの選挙母体から選出されているからである。
— 宮本百合子 『今日の日本の文化問題』 青空文庫
政友会は周知の通りより多く地主的政党であり、民政党はより多く資本家的政党であるが、その現実的な地盤を異にするに相応して、この観念的な地盤をも亦異にしており、前者は農業人口中間層(即ち所謂「農村」)の、後者は商工業人口中間層(即ち所謂「商工業者」)の観念を選挙母胎にしている。
— ――現代日本に於ける日本主義・ファシズム・自由主義・思想の批判 『日本イデオロギー論』 青空文庫
また、茨組から脱した沼沢甚右衛門は、常陸の真壁に、葦沢弥兵衛は武州|牛久在に、桜場隼人は三州|挙母村に、それぞれ一道場を持って大いに道風を興したとある。
— 林崎甚助 『剣の四君子』 青空文庫
三十余人に減った人数をまとめて、百月川の谿谷から挙母の宿場へと下った。
— 第一分冊 『新書太閤記』 青空文庫
また諸輪をとおり挙母へ出る道。
— 第十分冊 『新書太閤記』 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避
挙母(ころも)は日本の地名。愛知県豊田市の旧称。またはその中の一地域(愛知県豊田市挙母地区)。 挙母城 - 七州城の別名・本名。 挙母町 - 挙母市の前身となった西加茂郡の町。豊田市の町名として現存。 挙母藩 - 挙母城を藩庁とした譜代の小藩(2万石)。
出典: 挙母 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0