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那仏

那仏
名詞
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標準
文例 · 用例
その作り方は、土龍、井守、蝮蛇の血に、天鼠、百足、白檀、丁香、水銀郎の細末をまぜて……」 そんな陰謀があるとは、知らぬが仏の奈良の都へ、一足飛びに飛んだ佐助は、その夜は大仏殿の大毘盧遮那仏の掌の上で夜を明かした。
織田作之助 猿飛佐助 青空文庫
五丈三尺五寸の大毘盧遮那仏
織田作之助 四つの都 青空文庫
漢土儒道の入り来たりし以来、わが国人はその感化を受けたること多からん、支那仏教の渡りし後もまた大いに風習を変更せられたるや知るべきなり。
陸羯南 近時政論考 青空文庫
漢学的、支那仏教的、原始仏教―バラモン的、範疇をさえかつぎ出そうとするのである。
――現代日本に於ける日本主義・ファシズム・自由主義・思想の批判 日本イデオロギー論 青空文庫
元来が漢代の儒教や支那仏教のものであったカテゴリーをば、近代社会のカテゴリーへまで翻訳する労を取らないで(言葉を翻訳しても駄目でカテゴリー体系が現わす思想を近代的に翻訳しなければならぬが)、そのまま現代へ持ち込むことが、現に如何に現代社会の合理的認識を妨げているかを見るべきだ。
戸坂潤 クリティシズムと認識論との関係 青空文庫
それによると、例えば支那仏教のテキスト・クリティックによる解釈の体系などが、文学というものになるわけだ。
戸坂潤 認識論としての文芸学 青空文庫
那仏教の過去に於ける文化的思想的内容は、今日の支那をも日本をも本当に文化的・思想的・に規定しているのではない。
戸坂潤 認識論としての文芸学 青空文庫
吾々は支那仏教(一般に仏教でもいい)のカテゴリーを以て現下の資本主義社会の何物をも分析出来ないだろう。
戸坂潤 認識論としての文芸学 青空文庫