末人
まつじん
名詞
標準
last man (Nietzsche's archetypal passive nihilist)
文例 · 用例
自分はその頃から頭が惡くて仕方がないのでなんとか治療の方法も無いものかと思案の末人の勸めで行つたのである。
— 長塚節 『竹の里人〔一〕』 青空文庫
フレザーの『|不死の信念』(一九一三年版)一に、こんな例を夥しく挙げて昔|彼輩と人と死なざるよう競争の末人敗れて必ず死ぬと定ったと信ずるが普通だと論じた。
— 蛇に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
こうして大島の駅路へ二人の者が着いたのはその日の夕暮れのことであったが、そこで二人は一泊し、相談の末人丸左陣は、加賀白山へは帰らずに、傾城小銀が山寨を持つ妙高山へ行くことにした。
— 国枝史郎 『蔦葛木曽棧』 青空文庫
作例 · 標準
ニーチェは、現代社会における末人の出現を危惧した。
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末人の思想は、今日のニヒリズムに通じるものがある。
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哲学の授業で、ニーチェの「末人」について深く考察した。
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ウィキペディア
末人 は、フリードリヒ・ニーチェによる哲学によって用いられていた概念である。『ツァラトゥストラはこう語った』で述べられ、超人の対極にあり、最低の軽蔑すべき者とのことである。末人というのは社会において生きる大多数の中流市民ということになる。彼らは病気に罹ることと疑うということを罪して考えて生きている。そして互いが摩擦を起こさないように、ゆっくりと歩むようになる。彼らは貧しい訳でも、富んでいるわけでもなくこれらはいずれも煩わしいものであるとされる。人々がこのようになるのならば、誰かを統治しようと誰も思わなくなるし、他者に服従しようとも誰も思わなくなる。人々がこのようになれば社会には牧人はいなくなり誰もが平等であり、誰もが平等を望む社会ということでもある。末人の生き方というのは、ひたすら安楽を求めるということである。社会においての最高価値が信じられなくなりニヒリズムが広がってきたならば、人々は頑張らなくなり創造性を欠いた安楽を求める人間ばかりになるということであり、このような状態となった人間というのが末人ということである。
出典: 末人 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0