左府
さふ
名詞
標準
文例 · 用例
忠実の子が悪左府頼長、頼長の子が兼長、兼長の子が生田頼宗である。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
青蓮院の宮、鷹司太閤、近衛左府、一條、二條、徳大寺その他数十家へ、慎み、落飾、辞官、出仕止めなどの横暴な断罪が下された。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
宇治の悪左府藤原頼長の書いた「台記」の中に、近衛天皇の大嘗祭の時に、中臣氏の唱へた寿詞――中臣天神寿詞――が、記してある。
— 折口信夫 『古代人の思考の基礎』 青空文庫
夫から惡左府頼長の日記を見ますとあの人は大變勉強家でありますが、あの人の日記を見ますと其の公羊傳を讀んだと云ふことが書いてあります。
— 狩野直喜 『支那人心の新傾向』 青空文庫
……公卿座将監手長、以将・弁・少納言座無手長玉海、仁安二年十二月九日条、 摂政・左府・下官・内府等、皆手長以下人兼居之。
— 土蜘蛛研究 『手長と足長』 青空文庫
申云、左府及大将随身也。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
左府大将家の散所随身のことはすでに引いた。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
これは院政以来の上層部の大きな欲求で、保元平治の乱の頃の大立物であった悪左府頼長、すなわち道長の直系の関白忠通の弟であった頼長は、ことに政治制度の上での復古主義者で、律令格式の研究に熱中し、政令上に出でて下これを通ずる一糸乱れない平安初期の秩序にかえそうと思っていた。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫