承和
じょうわ異読 しょうわ
名詞
標準
Jōwa era (834.1.3-848.6.13)
文例 · 用例
何といつても、承和の帝から禁山の御宣旨があつて以来、今日まで斧ひとつ入らぬ神山である。
— 薄田泣菫 『森の声』 青空文庫
ことしは天保九年で、今から逆算すると九百九十年前は仁明天皇の嘉祥元年、すなわちかの浜主が宮中に笛を奏したという承和十二年から四年目に相当する。
— 岡本綺堂 『青蛙堂鬼談』 青空文庫
」 僧空海は承和二年三月二十一日に寂した。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
源氏は南の町の寝殿へ、夫人の所から離れてこもりながら、どうして習得したのか承和の帝の秘法といわれる二つの合わせ方で熱心に薫香を作っていた。
— 梅が枝 『源氏物語』 青空文庫
仁明天皇の承和六年(西暦八三九)八月に唐から歸朝した大使藤原|常嗣の一行は、往路は日本船で出掛けたが、その歸路には日本船の不完全を嫌ひ、江蘇の楚州(今の淮揚道淮安縣)で新羅船を倩うて之に搭乘した。
— 桑原隲蔵 『大師の入唐』 青空文庫
この歌は、仁明天皇の承和十二年正月十日、天皇濱主を清涼殿前に召され、和風長壽樂を舞はせ給うたとき、舞了つて濱主の奏し奉つた歌である。
— 齋藤茂吉 『愛國百人一首評釋』 青空文庫
また承和二年陸奥国司の「解文」に、白河・菊多の関を置きてより今に四百余歳とある文等を玩味するに、『常陸風土記』の記事等と相啓発して、有史以後においても、なおある期間は関東地方に蝦夷の蟠居せしことを認めざるべからざるなり。
— 喜田貞吉 『武士を夷ということの考』 青空文庫
『続日本後紀』承和六年九月の条に、 制す。
— 喜田貞吉 『武士を夷ということの考』 青空文庫
作例 · 標準
承和の変は、平安時代の政治史における重要な出来事です。
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この書物は、承和年間(834年~848年)に書かれたと推定されています。
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「へえ、このお寺、承和の時代からあるんだ!歴史を感じるなあ。」
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ウィキペディア曖昧さ回避
承和 承和 (北涼)(しょうわ) - 五胡十六国時代、北涼で使用された元号(433年-439年)。 承和 (日本)(じょうわ) - 仁明天皇で使用された元号(834年-847年)。
出典: 承和 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0