粛宗
しゅくそう
名詞
標準
文例 · 用例
新皇帝|粛宗に向かって、いろいろの人が命乞いをした。
— 国枝史郎 『岷山の隠士』 青空文庫
我が阿倍仲麻呂(仲滿)や、藤原清河(河清)が、唐の玄宗や肅宗に寵用されたことは、我が國史に喧傳されて居るが、唐の歴史を通覽すると、かかる事例は寧ろ普通であつた。
— 桑原隲蔵 『大師の入唐』 青空文庫
囘教徒の來朝は唐の高宗の永徽二年(西暦六五一)以來白衣大食(オムメヤ王家)黒衣大食(アバァス王家)の使者が屡※長安に來貢した外、肅宗の時、安史の亂に、大食より援兵が來て、東西の二京恢復に預つて力あつた。
— 桑原隲藏 『創建清眞寺碑』 青空文庫
)佶和東來し、同列、十七人興慶宮に於て功徳を修し天額を賜ふ、肅宗、代宗或は景寺を増建し、或は天香を供し、又は御饌を賜ふて景風を宣揚す。
— イー、エー、ゴルドン 『弘法大師と景教との關係』 青空文庫