軍旗祭
ぐんきさい
名詞
標準
文例 · 用例
軍旗祭 降使、宇野卯右衛門が、長治以下、三名の首を献じて、三木城内にある数千の助命を仰いだ日、秀吉側からは、浅野弥兵衛が応接に出た。
— 第六分冊 『新書太閤記』 青空文庫
これも官兵衛の考案とあるので、家中の人々は、何で藤巴を選んだか、彼の心を酌みかねていたが、きょう軍旗祭の神酒を一同していただく席上で、官兵衛からこういう話があった。
— 第六分冊 『新書太閤記』 青空文庫
子々孫々忘れぬようにな」 ――軍旗祭の祝いに、秀吉もその日、わざわざ山崎へ来て、歓をともにした。
— 第六分冊 『新書太閤記』 青空文庫
山崎城内の神前で、軍旗祭の執り行われた日、秀吉はわざわざ出向いて来て、「勇壮勇壮。
— 吉川英治 『黒田如水』 青空文庫
ウィキペディア
軍旗祭(ぐんきさい)は、大日本帝国陸軍において各歩兵・騎兵連隊がその衛戍地や出征先で開催していた一種の祝賀行事(イベント)。連隊の象徴である軍旗(連隊旗)の拝受を祝い、また軍旗が普段安置されている連隊長室から営外に移されることからこの名がついた。陸上自衛隊の駐屯地祭や学校の文化祭に相当する。
出典: 軍旗祭 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0