滄州
滄州
名詞
標準
文例 · 用例
庸|乃ち呉傑、平安をして西の方|定州を守らしめ、徐凱をして東の方|滄州に屯せしめ、自ら徳州に駐まり、猗角の勢を為して漸く燕を蹙めんとす。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
燕王、徳州の城の、修築|已に完く、防備も亦厳にして破り難く、滄州の城の潰えるゝ」]こと久しくして破り易きを思い、之を下して庸の勢を殺がんと欲す。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
王厳命して疾行すること三百里、途に偵騎に遇えば、尽く之を殺し、一昼夜にして暁に比びて滄州に至る。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
滄州の衆皆驚きて防ぐ能わず。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
」(13)昭宜帝天祐三年(九〇六)九月 「※軍築壘圍滄州。
— 桑原隲藏 『支那人間に於ける食人肉の風習』 青空文庫
」(14)後梁太祖開平三年(九〇九)十二月 「劉守光圍滄州。
— 桑原隲藏 『支那人間に於ける食人肉の風習』 青空文庫
流刑先は、滄州(河北省)の牢城だった。
— 吉川英治 『新・水滸伝』 青空文庫
これから滄州まで何百里の道のりだが、途中にはもうろくな酒肴には出会わんぞ」「へい。
— 吉川英治 『新・水滸伝』 青空文庫
ウィキペディア
滄州(そうしゅう)は、中国にかつて存在した州。南北朝時代から民国初年にかけて、現在の河北省滄州市および山東省浜州市一帯に設置された。
出典: 滄州 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0