講道
こうどう
名詞
標準
文例 · 用例
雪舟と禿山5・11(夕) 講道館の嘉納治五郎氏は、書画を娯み度いが、正真物の書画は値段が張つて迚も買へないからといつて、書画代用の妙案を実行してゐる。
— 大正五(一九一六)年 『茶話』 青空文庫
物蔭から「フッ」というと間一髪の同時に身構えるという、講道館五段以上の達人だから容易な事では手に合わない。
— 夢野久作 『超人鬚野博士』 青空文庫
小石川臺より大塚臺へかけては、高等、尋常の師範學校あれど、特に天下の珍とすべきは、嘉納治五郎氏の講道館と、伊澤修二氏の樂石社と也。
— 大町桂月 『小石川臺』 青空文庫
されど、嘉納氏をして不朽ならしむるものは、講道館也、嘉納流の柔道也。
— 大町桂月 『小石川臺』 青空文庫
街などを歩いていると、「兄さんは、今、講道館のことを考えていたね」などと言って私を驚かせます。
— 小酒井不木 『紅色ダイヤ』 青空文庫
一九四六年、日本の民主化が良心的に課題とされたころ、軍国主義精神の日常化された姿であるとして、講道館は閉鎖された。
— 宮本百合子 『あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)』 青空文庫
こんにち講道館は大々的に復活し、プロ柔道とさえなっている。
— 宮本百合子 『あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)』 青空文庫
朝子は、夕暮の雰囲気に感染し、必要以上いそぎ足で講道館の坂をのぼった。
— 宮本百合子 『一本の花』 青空文庫