関以
せきもっ
名詞
標準
文例 · 用例
陸奥とは、もと白河、勿来の二関以北の総称であつた。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
その微笑は、やゝ皮肉を帯びた微笑で、もう下関以来度々此の一行が、タチアナ姫云々の嫌疑を、受けたことを明らさまに語って居るようでした。
— 菊池寛 『たちあな姫』 青空文庫
この混沌とした社会の空気の中で、とにもかくにも新しい政治の方向を地方の人民に知らしめ、廃関以来不平も多かるべき木曾福島をも動揺せしめなかったのは、尾州の勘定奉行から木曾谷の民政|権判事に転任して来た土屋総蔵の力による。
— 第二部上 『夜明け前』 青空文庫
故ハ浪人ハ関以西強国と聞へし君主、及要路のものと信を通じ有る事、彼飛川先生が天下人物と信を通ずるが如し。
— 幕閣要人あてか(推定、慶応二年三月) 『続 手紙』 青空文庫
多分駒木野の関以東のいずれかで彼の姿を見出すに違いない、といって兵馬に一封の金を与えた。
— 無明の巻 『大菩薩峠』 青空文庫
政治的には関東へ取られたが、経済的には、実力的には……文化的には、曰く、何々、関以西のある一角には、絶えずその対抗意識が含まれていたものと見れば見られる。
— 恐山の巻 『大菩薩峠』 青空文庫
「うむ――変人だなあ、よっぽど変っているよ、あの娘もあれで、家はなかなか金持なんだという話だがなあ」 それもわかってる、お銀様の背景に、偉大なる財閥ではない財力の権威があるということは、不破の関以来、お雪ちゃんもとうに心得ていることなのでした。
— 胆吹の巻 『大菩薩峠』 青空文庫
維乗法のごときはあるいは関以外の人が創意したものかも知れぬ。
— 三上義夫 『文化史上より見たる日本の数学』 青空文庫