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鎖国令

さこくれい
名詞
1
標準
文例 · 用例
鎖国令の実施は、寛永十年が第一回で、十三年、十六年と、三段階に分れ、次第に厳重になつてゐる。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
しかも、江戸時代に、日本の人口が殆んど増減しなかつた理由は、五十年毎に襲つた大饑饉のためで、鎖国令が国外からの食糧輸入を遮断してゐるから、饑饉になると、今なほ古老が語るやうな悲惨な状態を現出したのである。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
もし、鎖国令といふ桎梏を受けないで、日本民族の進取の本能に任せて海外発展が続けられてゐたなら、二、三世紀前、すでに南洋一帯は我が版図になつてゐて、今ごろは日本は、東洋の平和、世界の平和のために、有力な役割を果すことが出来ただらう。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
そして改めて感服し、おどろき、深い感想をもったことは、日本の文学が十一世紀頃大した進歩をしているけれども、十六世紀以後、ルネサンス後の世界が大膨張をとげて近代文学を生んでゆく時になると、もう関ヶ原の戦いでやがて十七世紀は鎖国令を出している点です。
一九四一年(昭和十六年) 獄中への手紙 青空文庫
日本が鎖国令を解き、諸外国と国交を開くと間もなく、元治元年、大浦に天主堂が建立されました。
永井隆 ロザリオの鎖 青空文庫
第四 鎖国的政策 寛永の鎖国令こそ千秋の遺憾なれ。
徳富蘇峰 吉田松陰 青空文庫
かくまでに膨脹したるものを、何故に鎖国令の下に圧窄したるぞ。
徳富蘇峰 吉田松陰 青空文庫
この時において鎖国令を布く、また実に止むを得ざるなり。
徳富蘇峰 吉田松陰 青空文庫