新当流
しんとうりゅう
名詞
標準
Shinto-ryu (school of kenjutsu)
文例 · 用例
ここは新当流で宮本武蔵から伝った流だと聞いていた。
— 内藤鳴雪 『鳴雪自叙伝』 青空文庫
と、振向いてみると、それはこの城に二ヵ月ほど前から滞留して、家中の士に剣の法を教えていた神取新十郎とよぶ新当流の武芸者であった。
— 柳生石舟斎 『剣の四君子』 青空文庫
その折、筒井家の客となっていた神取新十郎という剣者と知りあい、後、当城へ招いて、数年のあいだ新当流を学び、その奥旨を授かりましたが――なぜか自身、どうしても、満足ができません。
— 柳生石舟斎 『剣の四君子』 青空文庫
その人から、新当流の奥旨をうけられながら、なお御不足かの」「生れつきの鈍才とみえまする」「ははは。
— 柳生石舟斎 『剣の四君子』 青空文庫
彼の学んだ新当流の剣といわず、この時代のいわゆる刀法は、まだ極めて、技術も理論も粗い――ただいかに人を斬るかの工夫でしかなかった。
— 柳生石舟斎 『剣の四君子』 青空文庫
「しかし人は、この身をさして、新当流の奥儀に達した者とかいう。
— 柳生石舟斎 『剣の四君子』 青空文庫
大膳は新当流を以て久しく家康に手をとって師範していたが、その嫡流の絶えたため、後に家康は、その孫の有馬|豊前に家名を継がせ、一族を紀州家に転職させている。
— 小野忠明 『剣の四君子』 青空文庫
十三歳のとき、有馬喜兵衛という、新当流の武芸者と闘い、これに打勝ったということは、二天記、春山碑文、あらゆる信ずべき彼の小伝に書かれているが、詳細は分っていない。
— 吉川英治 『随筆 宮本武蔵』 青空文庫
作例 · 標準
新当流は、室町時代に飯篠長威斎家直によって創始された日本の伝統的な剣術の流派の一つだ。
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彼は長年、新当流の道場で厳しい稽古を積み、ついに師範代の免状を授かった。
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新当流の奥義は、単なる技術だけでなく、精神的な鍛錬も重視するところにある。
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