慶雲
けいうん異読 きょううん
名詞多音語
標準
auspicious cloud
文例 · 用例
卿雲 景雲といひ、卿雲といひ、慶雲といへる、しかと指し定められたる雲にはあらざるべし。
— 幸田露伴 『雲のいろ/\』 青空文庫
停車場の向う側は山下町、その先の御徒町の電車通りの角に慶雲寺がある。
— 上野戦争当時のことなど 『幕末維新懐古談』 青空文庫
我等手を額に加へて鏡花楼上の慶雲を見る。
— 芥川龍之介 『「鏡花全集」目録開口』 青空文庫
和銅二年を人麿四十七歳と仮定すれば依羅娘子を娶つたのは慶雲元年あたりで四十二歳位ででもあつただらうか。
— 斎藤茂吉 『人麿の妻』 青空文庫
中略然れば此妻は大宝慶雲の間に迎へられたるべし』とあるのは期せずして慶雲元年頃の愚案と略一致した。
— 斎藤茂吉 『人麿の妻』 青空文庫
憶良は文武天皇の大宝元年、遣唐大使|粟田真人に少録として従い入唐し、慶雲元年秋七月に帰朝したから、この歌は帰りの出帆近いころに作ったもののようである。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
○葦べ行く鴨の羽がひに霜降りて寒き夕べは大和し思ほゆ 〔巻一・六四〕 志貴皇子 文武天皇が慶雲三年(九月二十五日から十月十二日まで)難波宮に行幸あらせられたとき志貴皇子(天智天皇の第四皇子、霊亀二年薨)の詠まれた御歌である。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
次に人麿の歿年はいつごろかというに、真淵は和銅三年ごろだろうとしてあるが、自分は慶雲四年ごろ石見に疫病の流行した時ではなかろうかと空想した。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
作例 · 標準
古来より慶雲は、瑞兆として喜ばれてきた。
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慶雲がたなびくのを見て、人々は吉兆を感じた。
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その日、空には美しい慶雲が浮かび、まるで祝福しているかのようだった。
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標準
Keiun era (704.5.10-708.1.11)
作例 · 標準
慶雲年間には、文化的に重要な出来事が多かった。
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この寺院は慶雲年間に建立されたと伝えられている。
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日本の歴史において、慶雲は短くも輝かしい時代であった。
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ウィキペディア
慶雲(けいうん、 は、日本の元号のひとつ。大宝の後、和銅の前。704年から708年までの期間を指す。この時代の天皇は文武天皇、元明天皇。
出典: 慶雲 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0