東歌
あずまうた
名詞
標準
old Kanto-area folk songs
文例 · 用例
なお、奈良朝において右の八十七音が存在するのは、当時の中央地方の言語であって、『万葉集』中の東歌や防人歌のごとき東国語においては同じ仮名にあたる二音の区別が混乱した例が少なくなく、その音の区別は全くなかったか、少なくともかなり混じていたのであろうと思われる。
— 橋本進吉 『国語音韻の変遷』 青空文庫
殊に『万葉集』巻十四の東歌および巻二十の防人の歌において例外が取分け多いのでありますが、私の見る所では、これは東国の言語で、大和その他中央部とは違った田舍の言語であるがためにそういう例外が多いのであるという風に考えられるのであります。
— 橋本進吉 『古代国語の音韻に就いて』 青空文庫
* * *万葉集十四東歌伊禰都気波 可加流安我手乎 許余比毛加等能乃和久胡我 等里※奈気可武
— 伊藤左千夫 『新万葉物語』 青空文庫
この東歌は、人も知るごとく上總の國の歌として、卷十四に載せてある雜歌である。
— 島崎藤村 『桃の雫』 青空文庫
たゞその感じ得られる部分が、この東歌にはいかにも深い。
— 島崎藤村 『桃の雫』 青空文庫
ちゃんと万葉の東歌の中にあるのよ」「ふん、そうかなあ」と私は頭を掻いて、「じゃあこの歌はどうだ。
— 倉田百三 『光り合ういのち』 青空文庫
明治二十七年、寺務を見るを厭ひて愛宕郡高野村に僑居し、同二十九年の冬、洛東歌の中山なる清閑寺の幽静を愛でて、そこに移れり。
— 與謝野禮嚴 『禮嚴法師歌集』 青空文庫
春くれば花こそ先づはしたはるれ思ひ捨てても世の中ぞかしうちはらふ莚の塵もかをるかな咲き埋みたる花の下庵人の世に心とどめて花見ればさかりの間こそすくなかりけれ明治二十九年の冬、洛東歌の中山清閑寺に移り住みて、次の年の春に詠める。
— 與謝野禮嚴 『禮嚴法師歌集』 青空文庫
作例 · 標準
例句が必要です
例句が必要です
例句が必要です
例句が必要です
ウィキペディア
東歌(あずまうた)とは、古代の東国地方で詠まれた和歌のことである。『万葉集』巻14および『古今集』巻20に掲載される。前者を万葉集東歌(まんようしゅうあずまうた)、後者を古今集東歌(こきんしゅうあずまうた)とも呼ぶ。
出典: 東歌 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0