漢初
かんしょ
名詞
標準
文例 · 用例
そこに蘇伯阿といふ望氣の術を能くするものの名が見えて居るが、これは漢末であり、水に沒した周鼎の在る處を望氣の術によつて考へた新垣平は漢初の人である。
— 幸田露伴 『努力論』 青空文庫
そこに蘇伯阿という望気の術の上手な者の名が見えているがこれは漢末であり、水に没した周鼎(古代中国、周王朝の鼎・王権の象徴の器物)の在る所を望気の術によって調べた新垣平は漢初の人である。
— 幸田露伴 『努力論(現代訳)』 青空文庫
※通(中国秦末から前漢初期にかけての説客)が韓信(前漢の武将)に説く条に骨と肉と気との事を語っているが、人の骨格や肉付きの他に気と云うものがみえる。
— 幸田露伴 『努力論(現代訳)』 青空文庫
漢初以来の骨肉相喰む内乱や功臣連の排斥擠陥の跡を例に引いてこう言われたとき、李陵はほとんど返す言葉に窮した。
— 中島敦 『李陵』 青空文庫
漢初政略的に使用した暴秦とか無道秦とかいふ語が、所謂先入主と爲り、吾人の腦裏に拔くべからざる印象を存して居て、始皇帝といへば、直に破壞壓制を連想する程である。
— 桑原隲藏 『秦始皇帝』 青空文庫
それでいづれかといへば九流諸子のごとく學派の發展が早く停止したものは、漢初までに其書籍の附加竄亂が止まつたのであるけれども、長く發展の繼續した儒家の六藝の如きは、却つて其移動が其後までも繼續したと見られ得るのである。
— 内藤湖南 『尚書稽疑』 青空文庫
假令詩書が孔子の刪定に成つたとしても、孔子以後漢初までは隨分長い年數を經てゐるから、其間に何等の變化も無かつたとはいかぬ筈である。
— 内藤湖南 『尚書稽疑』 青空文庫
其他六國の末から漢初に至る間には又一種の思想があつて、魏源も指摘せる如く、史記の殷本紀の湯誥に三后は其后皆立つこと有りと言へる如き思想が餘程一般に行はれたものゝやうである。
— 内藤湖南 『尚書稽疑』 青空文庫