開鎖
かいさ
名詞
標準
文例 · 用例
医師の塾であるから政治談は余り流行せず、国の開鎖論を云えば固より開国なれども、甚だしく之を争う者もなく、唯|当の敵は漢法医で、医者が憎ければ儒者までも憎くなって、何でも蚊でも支那流は一切|打払いと云うことは何処となく定まって居たようだ。
— 福翁自伝 『福翁自伝』 青空文庫
是等の事実を見ても、井伊大老は真実間違いもない徳川家の譜代、豪勇無二の忠臣ではあるが、開鎖の議論に至ては、真闇な攘実家と云うより外に評論はない。
— 福翁自伝 『福翁自伝』 青空文庫
爾うするとその時の閣老役人達がいろ/\評議をしたと見え、長々と返辞を遣たその返辞の中に、開鎖論と云うことを頓と云わない。
— 福翁自伝 『福翁自伝』 青空文庫
京都に奏上して「政道奏聞に不及」る祖法を覆えしたこと、同じく各藩論を従前通り無視する代りに在府諸侯に開鎖意見を徴したこと、そして何よりもそれによりて水戸と薩摩以下の雄藩ブロックの形成に資したことなど。
— 服部之総 『尊攘戦略史』 青空文庫
ただ封建領主相互間の一定体制――幕府封建制――の解体が開国とともにいっそう促進されたため開鎖に関する京幕の全国的対立が招致されて、阿片戦争の清朝のような統一的排外に立到らなかったものの、それにもかかわらず各領主下の軽格藩士は、全国を通じて排外主義への道を、早速に運命づけられる状態におかれていた。
— 服部之総 『尊攘戦略史』 青空文庫