芳文
ほうぶん
名詞
標準
文例 · 用例
大分以前京都のある呉服屋が栖鳳、香※、芳文、華香の四人に半截を一枚|宛頼んだ事があつた。
— 大正六(一九一七)年 『茶話』 青空文庫
「でも香※先生にも、芳文先生にもそれで御辛抱願ひましたんやさかい。
— 大正六(一九一七)年 『茶話』 青空文庫
契月氏の夫人は、亡くなつた芳文氏の娘だけに、日本の女としては大柄であるが、大阪から帰つて来る日にかぎつて、いつもよりはずつと大きく契月氏の眼に見えた。
— 大正八(一九一九)年 『茶話』 青空文庫
朝飯なほ腹に充ちたれば、少年多食の芳文さへ欲しがりもせず、繪端書ばかりを買ひ、休息すること三十分にして去る。
— 大町桂月 『碓氷峠』 青空文庫
菊地芳文・竹内栖鳳・谷口香※・都路華香などという一流画家を門下に擁して楳嶺先生は京都画壇に旭日のように君臨していられたのである。
— 上村松園 『三人の師』 青空文庫
菊地芳文谷口香※都路華香竹内栖鳳の四人の方のうち、私は栖鳳先生塾へ他の十数名の人たちと一緒に通った。
— 上村松園 『三人の師』 青空文庫
楳嶺先生の塾に私は二年ばかり御厄介になったのですが、その頃の楳嶺塾では芳文・棲鳳・香※の三先生が年輩もそこそこですし気も合っていられて、競争のように勉強していられたようです。
— 上村松園 『昔のことなど』 青空文庫
(明治二十六年) その頃の塾の風と申しますと、師匠の画風にそっくり似たような絵をかかねばいけなかった時代でしたが、栖鳳先生や芳文・香※というような人達は、狩野流や土佐や雪舟や又は伴大納言・北野縁起・鳥羽僧正といったような絵巻など、盛んに古画研究をやっていられました。
— 上村松園 『昔のことなど』 青空文庫