徒浪
あだなみ
名詞
標準
文例 · 用例
姫、領巾振山を下り、松浦川を渉りここに到りて、船路はるけく灘の沖に連るところ、慕へる人の面影は見るあたはず、あだ波の寄せては返す小島の渚に転び伏し、声をのみて嘆けどもすべもなく、滂沱たる涙にあらはるる身は、さながら一塊の石と化したりきと伝ふ。
— 蒲原有明 『松浦あがた』 青空文庫
戀は流水と去りて、浮世の仇波に漂ふ人の身の、夢ならでは、また舊歡を追ふべからず。
— 大町桂月 『小金井の櫻』 青空文庫
その時に、左の一方は海ですから、絶えずザブリザブリと、寄せては返す仇波が、月の色を砕いて、おきまりの金波銀波を漂わせつつ、極めて長閑に打たせていたのですが、陸なる紅の炎を見ることに、心の全部を吸い取られた茂太郎は、今し、全く閑却していたその海の方を、あわただしく向き直りました。
— 勿来の巻 『大菩薩峠』 青空文庫
その仇波の寄せぬまに花のかんばせ星のまみ燃ゆる思と熱き血とそのまゝ共に消えよかし願空しきとこしへの不變の戀よ不死の美よ詩人の夢をいかにせむ天使の幸をなにとせむ。
— 土井晩翠 『天地有情』 青空文庫
武村兵曹は眼中に無念の涙を浮べて、今も猶ほ多少仇浪の立騷いで居る海面を睨んで居る。
— 押川春浪 『海島冐檢奇譚 海底軍艦』 青空文庫
翌日から若い女はさっぱり近寄り来らず、それでようやくこのいわゆる姉妹は仇し仇浪|浅妻船の浅ましい世を乗せ渡る曲物とも分れば、かかる商売の女は男子を一瞥して、たやすくその童身か否かを判ずる力ぐらいは持つものとも知った。
— 猪に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
日毎夜毎に代る枕に仇浪は寄せますが、さて心の底まで許すお客は余まりないものだそうでござります。
— 三遊亭圓朝 『根岸お行の松 因果塚の由来』 青空文庫
鳴く蝉よりも鳴かぬ螢の身を焦すもあるに、聲なき哀れの深さに較ぶれば、仇浪立てる此胸の淺瀬は物の數ならず。
— 高山樗牛 『瀧口入道』 青空文庫