中陰
ちゅういん
名詞
標準
bardo
文例 · 用例
それに宅中陰気でね、明けておくと往来から奥の室まで見透しだし、ここいら場末だもんだから、いや、あすこの宅はどうしたの、こうしたのと、近所中で眼を着けて、晩のお菜まで知ってるじゃあないかね。
— 泉鏡花 『化銀杏』 青空文庫
中陰の四十九日が五月五日に済んだ。
— 森鴎外 『阿部一族』 青空文庫
中陰の翌日からじめじめとした雨になって、五月闇の空が晴れずにいるのである。
— 森鴎外 『阿部一族』 青空文庫
今命を惜しまぬ自分が、なんで御先代の中陰の果ての日に命を惜しんだであろう。
— 森鴎外 『阿部一族』 青空文庫
仏教の方では人が亡くなった時に香を手向けますが、これは「中有(中陰)の衆生は、香をもって食とする」という所からきているのです。
— 高神覚昇 『般若心経講義』 青空文庫
山陽の歿後中陰の果の日までは、里恵は毫も家内の事を変更せずに、夫の位牌に仕へてゐた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
さて中陰四十九日は十一月十二日に果て、翌十三日を以て五十日が過ぎ去つた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
僕は中陰を過ごした今でも滝田君のことを思い出す度にまだこの落莫を感じている。
— 芥川龍之介 『滝田哲太郎氏』 青空文庫
作例 · 標準
チベット仏教では、死後の状態を中陰と表現することがある。
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故人は中陰の世界を経て、次の生へと向かうと信じられている。
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友人は、中陰に関する仏教の教えについて熱心に学んでいた。
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ウィキペディア
中陰 あるいは中有(ちゅうう)は、仏教において有情が生と死を繰り返し流転する過程を四有(4種の生存)に分けるうちで、前世の死の瞬間(死有 )から次の世に生を受ける刹那(生有 )までの時期における幽体とでもいうべきもの。または、そのような状態である期間。
出典: 中陰 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0