浜街道
はまかいどう
名詞
標準
文例 · 用例
昔は北海道へ渡るのに、かならず三厩から船出する事になつてゐたので、この外ヶ浜街道はそのための全国の旅人を朝夕送迎してゐたのである。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
外ヶ浜街道を一時間ほど北上したら、次第に風も弱くなり、青空も見えて来て、このぶんならば定期船も出るのではなからうかと思はれた。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
諸君が北に向つて歩いてゐる時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
出船入り船帆影も繁き石の巻からそのお城下までへは、陸前浜街道を一本道に原ノ町口へ抜けて丁度十三里――まさかと思ったのに、およそ退屈男程気まぐれな風来坊も稀でした。
— 仙台に現れた退屈男 『旗本退屈男 第七話』 青空文庫
ないところから、のっしのっしと浜街道を十三里ひと日にのし切って、群なす旅人の影に交りながら、ふらりふらりとお城下目ざして原ノ町口に姿を現しました。
— 仙台に現れた退屈男 『旗本退屈男 第七話』 青空文庫
阿賀妻は甚助を供に連れて、馴れた陸前浜街道を東京にのぼった。
— 本庄陸男 『石狩川』 青空文庫
おとといと同じく京浜街道を疾駆して横浜にはいつた。
— 浜尾四郎 『殺人鬼』 青空文庫
二月十一日◯荻窪や京浜街道附近の友人たちが移転を希望し、世田谷に望みを持って、家を探してくれと頼んで来るのが多い。
— 海野十三 『海野十三敗戦日記』 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避
浜街道(はまかいどう)と呼ばれる街道・道路は日本全国に存在する。 海岸・湖岸沿いを通るため、その名称・通称が付いた。 他の浜街道との混同を避けるために旧国名を冠して称する場合が多いが、それぞれの地元では単に「浜街道」と呼ばれる。 北浜街道 三陸浜街道 国道45号のうち、宮城県気仙沼から青森県八戸までの区間の旧街道。 新井田街道 八戸藩領内 海辺筋 盛岡藩領内 気仙道 (東浜街道) 仙台藩領内 羽州浜街道 陸前浜街道 琵琶湖東岸付近を通る街道。滋賀県道26号線および国道477号の一部区間に相当。 中国街道 紀州街道 より浜側を通る道路の通称。大阪府泉大津市が使用。 紀州街道から分岐する孝子越街道の通称。大阪府泉南市・阪南市が使用。 熊野古道で唯一の海岸部となる七里御浜沿いを通る道の通称。七里御浜を参照。 さぬき浜街道 など多数。 また、これとは別に生糸輸送のために八王子と横浜を結んだ道も浜街道と呼ばれた。こちらは町田街道および神奈川往還を参照。
出典: 浜街道 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0