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摧邪輪

ざいじゃりん
名詞
1
標準
Tract for Destroying Heretical Views (Buddhist treatise by Myoe, ca. 1212 CE)
文例 · 用例
栂尾の明恵上人(高弁)は摧邪輪三巻を記して撰択集を論破しようとした。
中里介山 法然行伝 青空文庫
入道民部卿長房卿は明恵上人に帰依の人であったから、その摧邪輪を信じて高野の明遍僧都に見せようとした時、僧都が、「何の文ですか」 と尋ねたのに、「撰択論を論破した文です」 と云われたから、明遍、「わしは念仏者でございます。
中里介山 法然行伝 青空文庫
その後仁和寺の昇蓮房が、かの摧邪輪をもって明遍僧都に見せた処、僧都が云うのに、「凡そ立破の道はまず所破の義をよくよく心得てそれから破する習いであるのに、撰択集の趣をつゆつゆ心得ずして破せられたる故にその破が更に当らないのである」 という意味でとり合わなかったという。
中里介山 法然行伝 青空文庫
明恵上人も後に菅宰相為長卿の許へ行った時に摧邪輪のことが話に出た時、「そういうこともありましたけれども、ひが事であると思って今は後悔して居ります」 といわれたそうである。
中里介山 法然行伝 青空文庫
播磨の国朝日山の信寂房はやはり法然のお弟子であったが、明恵上人の摧邪輪を破る文をつくり著わしたが、義理明晰をもって聞えている。
中里介山 法然行伝 青空文庫
また真言宗の開祖弘法大師は、「三教指帰」に自ら仮名乞児と名告られ、栂尾の高僧明恵上人は、「摧邪輪」に自ら非人高弁と署名せられているのである、この乞児・非人と、エタの起原と言われたキヨメ・河原者の徒と、その外形に於いて相距ること幾許ぞ。
喜田貞吉 特殊部落と寺院 青空文庫
その峻猛の意気を世に示したものが、「摧邪輪」三巻「摧邪輪荘厳記」一巻 こう二つの著であった。
吉川英治 親鸞 青空文庫
あまり評判がたかいので、吉水の学僧たちも、ひそかに「摧邪輪」を手に入れて、かくれて読む者が多かった。
吉川英治 親鸞 青空文庫
作例 · 標準
明恵上人が法然の専修念仏を批判するために執筆したのが「摧邪輪」である。
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日本仏教史の講義で、鎌倉時代の宗教論争の重要な資料として摧邪輪が取り上げられた。
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摧邪輪には、当時の伝統的な仏教界が新興の浄土宗に対して抱いた危機感が強く表れている。
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