州郡
しゅうぐん
名詞
標準
文例 · 用例
呉が妻を殴ち殺したといって告訴に及んだが、この訴訟事件は年を経ても解決せず、州郡の役人らにも処決することが出来ないので、遂に上聞に達することになって、呉を牢獄につないで朝廷の沙汰を待っていた。
— 録異記 『中国怪奇小説集』 青空文庫
もし、豊家に人が在って、自発的に和州郡山へでも移り、ひたすら豊家の社稷を保つことに腐心したら、今でも豊臣伯爵など云うものが残っていて、少し話が分った人だったら、大阪市の市長位には担ぎ上げられたかも知れない。
— 菊池寛 『大阪夏之陣』 青空文庫
涜盧は唯一にして古の大良州郡、日本紀の多羅なること疑ひなし。
— 内藤湖南 『卑彌呼考』 青空文庫
西北方面の州郡では、戎狄と漢族と居民相半する有樣さへあつた。
— 桑原隲蔵 『晉室の南渡と南方の開發』 青空文庫
」({『資治通鑑』建武二年條})安帝永初二年(一〇八)正月 「時州郡大饑。
— 桑原隲藏 『支那人間に於ける食人肉の風習』 青空文庫
延喜十四年三善清行の上った「意見封事」十二個条のうちに、一 諸国の僧徒の濫悪、及び宿衛舎人の凶暴を禁ぜんと請ふ事右、臣伏して見れば、去にし延喜元年の官符、已に権貴の山川を規錮し、勢家の田地を侵奪することを禁じ、州郡の枳棘を芟り、兆庶のを除く。
— 河原者・坂の者・宿の者・非人法師 『濫僧考』 青空文庫
徳川治世の貴族はその先祖を尋ぬればその人民に功徳あるや否やは吾人が決して保証せざるところなれども、その元亀天正群雄鹿を逐うのときにおいて多く徒賤より起こり、手に唾して州郡を横領したる人々なれば知勇抜群なることはもとより吾人が承認するところなり。
— 徳富蘇峰 『将来の日本』 青空文庫
ソリは甲州郡内などの語ではソウリと聞える。
— 柳田國男 『地名の研究』 青空文庫