柬牘
柬牘
名詞
標準
文例 · 用例
森田思軒の引いた菅茶山の柬牘には水に従ふ澹が書してあつたさうである。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
現にわたくしの饗庭篁村さんに借りてゐる茶山の柬牘にも、同じく澹に作つてある。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
啻に柬牘のみでは無い。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
しかしわたくしは後に茶山の柬牘を読むこと漸く多きに至つて、その必ずしもさうでなかつたことを暁つた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
しかし茶山集に「玉蘊女画史」と称してゐるのを見て、柬牘の尾道女画史におもひくらべ、玉蘊の平田豊なるべきを推測したのである。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
」 さて月日不詳の茶山の柬牘は下の如くである。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
此合作柬牘は荏薇問答中最も興味ある文であるから、わたくしは下に続抄しようとおもふ。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
その百九十六 榛軒の留守に会して傷寒論を講じた人々の合作柬牘には、渋江抽斎の次に岡西玄亭が書いてゐる。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫