来声
らいこえ
名詞
標準
文例 · 用例
』 斯う叫んだのは、窓の硝子もピリ/\とする程甲高い、幾億劫来声を出した事のない毛虫共が千万疋もウヂヤ/\と集まつて雨乞の祈祷でもするかの様な、何とも云へぬ厭な声である。
— 石川啄木 『雲は天才である』 青空文庫
ブルジョア・インテリゲンツィア作家は、一年来声を大きくして来た文芸復興を内容づけるためのリアリズム検討につれ、プロレタリア作家の或る者は、社会主義的リアリズムに対する或る種の解釈の模型として、バルザックの花車は、急調子に、同時に些か粗忽に、様々の手に押されてわれわれの前に引き出されて来たのである。
— 宮本百合子 『バルザックに対する評価』 青空文庫
昔日本にも丹いね子という美しい声の上手な声楽家がいましたが、一晩のうちに声が出なくなって、それ以来声楽家としての寿命が終り、カフェーのマダムとかいろんなことをして、いわゆる新しい女として世間の話題を賑わしました。
— 三浦環 『お蝶夫人』 青空文庫
ラジオでは一つの物語なり、或はラジオ・ドラマなどをきかせますが、ラジオは元来声だけできくものである。
— 岸田國士 『俳優倫理』 青空文庫
) 伯林即事街灯如昼伯林城、散歩人傾麦酒行、深夜往来声不断、夢余猶聴電車轟。
— 井上円了 『西航日録』 青空文庫
今も大和河内あたりでは「シュク・ショウモン」と連称して「ショウモンジ」の語を知らぬのも、彼らが本来声聞とのみ呼ばれていたことを裏書きするものかもしれぬ。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
』 斯う叫んだのは、窓の硝子もピリ/\とする程|甲高い、幾億劫來聲を出した事のない毛蟲共が千萬疋もウヂャウヂャと集まつて雨乞の祈祷でもするかの樣な、何とも云へぬ厭な聲である。
— 石川啄木 『雲は天才である』 青空文庫