念仏講
ねんぶつこう
名詞
標準
文例 · 用例
商売柄、婚礼料理、町内の運動会の弁当、念仏講の精進料理などの註文が命だったから、近所の評判が大事だった。
— 織田作之助 『放浪』 青空文庫
うしろ山で、ほオほオと梟が鳴いていて、崖の上の仁左エ門さんの家では、念仏講があるのか、障子にあかりがさし、木魚の音が、崖の下のみちまでこぼれていました。
— 新美南吉 『牛をつないだ椿の木』 青空文庫
こうまでした俺の気を察しねえで、首を、横に振る分にゃあ、俺も男だ、なぶり殺しに殺すか、仲間部屋へ連れ込んで、念仏講にした上で、夜鷹宿へたたき売るか。
— 直木三十五 『南国太平記』 青空文庫
さてこの村人の楽しみは何かというとやはり夜分歌を謡い踊を踊る位のもので、その外には折々|摩尼講まあ日本で言えば念仏講とか観音講とかいうようなものでありまして、その摩尼講にラマ摩尼が出て昔の高僧とか仏法守護の大王の伝記などを詳しく説き聞かせるですが、それを聞きに行くのが無上の楽しみであるらしい。
— 河口慧海 『チベット旅行記』 青空文庫
この鉦もまた念仏のために叩くもので、日は少しずつちがっても、近畿地方にも正月第一回の念仏講を、鉦はじめというのは通例である。
— 柳田国男 『年中行事覚書』 青空文庫
それが念仏講といって今の世にもなお続き、またその記念のために多数の石塔を建てたり、多数の念仏塚という塚を路の傍らに残したのである。
— 柳田国男 『年中行事覚書』 青空文庫
そんな行事の影響であったか、あるいは別々に起ったのかしらないが、その時分に念仏講というものが非常に流行ったものである。
— 柳田国男 『故郷七十年』 青空文庫
どこの家でも喧しいお爺さんお婆さんは、ことに片親になってしまうと、世間の者が勧めて念仏講に入れる。
— 柳田国男 『故郷七十年』 青空文庫
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念仏講(ねんぶつこう)とは、日本の仏教において、在家信者が念仏を唱える講中を指す言葉である。多く、浄土教系寺院において行われるが、葬儀の際や村の行事など、多くの民俗行事と密接に関係している。
出典: 念仏講 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0