北鮮
ほくせん
名詞
標準
North Korea
文例 · 用例
荒々しい条件におかれた自身の荒々しい所行(「三百円儲けた話」)の物語といっしょに、恐怖をもって臆測されている北鮮の治安が実際にはよくて、保安隊の若もの、土地の人々の親切、ソ同盟の兵士の素朴な人間ぽさなども、それがそうであったように語られている。
— 宮本百合子 『ことの真実』 青空文庫
六月二十五日 北鮮軍が38°線を越して南下(二十三日に南から入っている) 六月二十七日号の『指針』、N執筆。
— 一九五〇年(昭和二十五年) 『日記』 青空文庫
北鮮軍は共産軍とよばれはじめて、ますます南下 七月十五日ごろ、いろいろ 花火があっちこっちであがっている、新聞に納涼踊の写真。
— 一九五〇年(昭和二十五年) 『日記』 青空文庫
○きょうは34°ぐらいになるそうですよ 34°て何度、マア九十五度よ七月九日 日曜 北鮮軍と云われていたが、きょうから共産軍と放送されはじめた。
— 一九五〇年(昭和二十五年) 『日記』 青空文庫
南鮮には東莱の温泉があり、北鮮には近頃繁昌しつゝある沙里院附近の温泉があるさうだが、私の知つて居るのはたゞ平南龍岡温井里温泉丈けである。
— 濱田耕作 『温泉雜記』 青空文庫
しかし北鮮や樺太との航路を失った現在では全然開店休業の寂しさで、港には一隻の船の姿も見出すことができない。
— 第二回 富山の薬と越後の毒消し≪富山県・新潟県の巻≫ 『安吾新日本風土記』 青空文庫
北鮮と樺太の航路がなければ用のない港なのだ。
— 第二回 富山の薬と越後の毒消し≪富山県・新潟県の巻≫ 『安吾新日本風土記』 青空文庫
つまり今日に於てもウラジオストックからの漂流機雷が津軽海峡のレンラク船をおびやかす如くに、当時に於ても遠く北鮮からの小舟すらも少からぬ高句麗の人々をのせて越や出羽の北辺にまで彼らを運び随所に安住の部落を営ませていたであろうということを念頭にとどめておくべきであろう。
— 高麗神社の祭の笛――武蔵野の巻―― 『安吾の新日本地理』 青空文庫
作例 · 標準
冷戦時代、北鮮情勢は常に国際社会の注目を集めていた。
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彼は北鮮問題を研究する専門家だ。
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北鮮の核開発は、周辺国の安全保障にとって大きな脅威となっている。
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ウィキペディア曖昧さ回避
北鮮(ほくせん、朝鮮語: 북선) は、朝鮮半島に関して次のような意味で用いられる: 竹駕嶺地溝帯ないしは楸哥嶺地溝帯を境界として南・北鮮に区分されたもののうち北半分。 日本統治時代においては、北・西・中・南鮮に区界されたもののうち、咸鏡南道・咸鏡北道。 第二次世界大戦後においては北朝鮮を指す。差別用語とされることもある。
出典: 北鮮 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0