応保
おうほう
名詞
標準
Ōhō era (1161.9.4-1163.3.29)
文例 · 用例
清盛の骨をおさめた経の島は、応保元年二月につくられたものであるが、一度、大風のために崩れ去ったので、同三年三月再工事にかかった。
— 第六巻 『現代語訳 平家物語』 青空文庫
この御所は、去る応保三年に造営され、比叡、熊野の両社も近くにお祭りしてあり、庭の木、池の水にいたるまで、法皇のお気に召すよう心して作られたものであったが、清盛のため、心ならずも離れていられたあいだに、邸内はすっかり荒れ果ててしまっていた。
— 第六巻 『現代語訳 平家物語』 青空文庫
また応保の頃、二条院が位にあったとき、鵺という怪鳥が宮廷で鳴き、天皇をひどく悩ましたことがあった。
— 第四巻 『現代語訳 平家物語』 青空文庫
で、此の際、残念ながら、これは一応保留と言う事にして、なんとか、他に応急策を考えようと皆の意見が――。
— 三好十郎 『好日』 青空文庫
その一つは所謂マルクス主義の退潮(それが厳密な意味に於てどういうことであるかは一応保留するが)という客観的な事実(?
— 戸坂潤 『思想としての文学』 青空文庫
」「つまり私共の方ではですな、あなたをお疑いするわけではないけれども一応保証人たるべき方の身元を調査してからでないと困るというのです」「私がマヤカシものだと言われるのですか」 マヤカシものという言葉の定義がわかりませんから困りますがと、此奴もマヤカシものだけは日本語で入れた。
— 橘外男 『ナリン殿下への回想』 青空文庫
定家は応保二年に生れた。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
作例 · 標準
例句
ウィキペディア
応保(おうほう、 は、日本の元号の一つ。永暦の後、長寛の前。1161年から1163年までの期間を指す。この時代の天皇は二条天皇。
出典: 応保 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0