来戯
らいぎ
名詞
標準
文例 · 用例
元来戯画というものはアクセントだけを抽象して強調したものに他ならないのだから。
— ――現代日本に於ける日本主義・ファシズム・自由主義・思想の批判 『日本イデオロギー論』 青空文庫
恐らく、これらを最後として、若し私に将来戯曲作品を発表する機会があるとすれば、それはやゝ面目を一新したものになるであらう。
— 岸田國士 『「新日本文学全集第三巻・岸田國士集」あとがき』 青空文庫
中村君は手持ち無沙汰で困つてゐる私に、「此の頃は何かお書きですか」などゝあの重い口で二た言三言尋ねてくれたけれども、私は此の古き「無花果」の作者、新帰朝後に「牧師の家」を書いて以来戯曲家として立つてゐる此の人とどんなことを話したか覚えがない。
— 谷崎潤一郎 『青春物語』 青空文庫
ヴェダやウパニシャドにおいて、思想を表現するにも抒情詩風の形式をしか用いなかったインド人が、この時以来戯曲的構成を持った雄大な仏教経典を作り始めた。
— 和辻哲郎 『孔子』 青空文庫
或は、本來戲曲らしい戲曲を構成する能力が無いばかりで無く、戲曲らしい戲曲の材料を掴む能力さへ無いと云ふ方が適當かもしれない。
— 「八千代集」を讀む 『貝殼追放』 青空文庫