説蔽
せつへい
名詞
標準
文例 · 用例
支那學研究の原則と神道の批判――「説蔽」・「翁の文」 その外に、富永仲基に「説蔽」といふ、これは儒教を攻撃したと言はれて居る本がありますが、その内容は今はよく分りませぬ。
— 内藤湖南 『大阪の町人學者富永仲基』 青空文庫
しかし「翁の文」といふ本が現はれて來て「説蔽」の中にどういふ事が書いてあるかといふことが幾分か分つて參りました。
— 内藤湖南 『大阪の町人學者富永仲基』 青空文庫
この中に書いてあることは「説蔽」に書いてあると同じで、支那の學問研究の原則を與へたものであります。
— 内藤湖南 『大阪の町人學者富永仲基』 青空文庫
今日「説蔽」といふ本はありませぬが、之によつて「説蔽」の大體は分るのであります。
— 内藤湖南 『大阪の町人學者富永仲基』 青空文庫
その内、「説蔽」といふ儒教を攻撃した本を書いて、石庵から破門されたと言ひ傳へてありますが、「池田人物誌」に西村天囚君の説を引いて、石庵の死んだ時富永は十五六であらうから、著述したにしても破門されるといふことはあるまいと書いてありますが、成程それが尤もであらうと思ひます。
— 内藤湖南 『大阪の町人學者富永仲基』 青空文庫
仲基は先づ「説蔽」なる著作に於て儒教を批評し、「出定後語」を著はして佛教の批評をしたが、説蔽を書いたが爲めに其師三宅石庵から破門された。
— 内藤湖南 『大阪の町人と學問』 青空文庫
尚仲基は「翁の文」といふ著述に於て國學に關する意見を發表したものと思はれる、不幸にして翁の文は説蔽と共に絶えて今に見當らないが、翁の文の方は心當りを搜索して、發見し得られるものとの、手がかりだけはついて居る。
— 内藤湖南 『大阪の町人と學問』 青空文庫