仁和
にんな
名詞
標準
Ninna era (885.2.21-889.4.27)
文例 · 用例
或る語が「ん」で終る語の次に来て複合する時、その語の頭音が、ア行音ワ行音であるものはナ行音となる(「恩愛」オンナイ、「難有」ナンヌ、「仁和」ニンナ、「輪廻」リンネ、「因縁」インネン、「顔淵」ガンネン。
— 橋本進吉 『国語音韻の変遷』 青空文庫
鼎をかぶって失敗した仁和寺の法師の物語は傑作であるが、現今でも頭に合わぬイズムの鼎をかぶって踊って、見物人をあっと云わせたのはいいが、あとで困ったことになり、耳の鼻も※ぎ取られて「からき命まうけて久しく病みゐる」人はいくらでもある。
— 寺田寅彦 『徒然草の鑑賞』 青空文庫
――春は櫻の賑ひよりかけて、なき玉菊が燈籠の頃、續いて、秋の新仁和賀には、十分間に車の飛ぶこと、此の通りのみにて七十五輌。
— 泉鏡太郎 『麻を刈る』 青空文庫
気候はとにかく、八畳の表座敷へ、人数が十人の上であるから、縁の障子は通し四枚とも宵の内から明放したが、夜桜、仁和加の時とは違う、分けて近頃のさびれ方。
— 泉鏡花 『吉原新話』 青空文庫
仁和三年七月の地震は山城、摂津をはじめ五畿七道にわたった大地震で、海に近い所は海嘯の難を被ったが、そのうちでも摂津の被害は最も甚だしかった。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
仁和二年五月二十四日の夜には、安房国の沖に黒雲が起って、雷鳴震動が徹宵止まなかったが、朝になってみると小石や泥土が野や山に二三寸の厚さに積んでいた。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
翌四日にも、幕軍は敗勢を返さんとして戦ったが、此日仁和寺宮|嘉彰親王が、金甲馬に跨り、前駆に錦旗を飜して、陣頭に進まれたので、絶えて久しき錦の御旗を仰いだわけで、官賊の別が判然としたので、薩長の軍は意気軒昂となり、幕軍は意気沮喪して、いよいよ敗勢の著しいものがあった。
— 菊池寛 『鳥羽伏見の戦』 青空文庫
これで五丁町を踏鳴すんだぜ、お前も知ってるだろう、一昨年の仁和加に狒々退治の武者修行をした大坂家の抱妓な。
— 泉鏡花 『湯島詣』 青空文庫
作例 · 標準
仁和の時代には、様々な文化が花開いたと記録されている。
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仁和年間、この寺は創建され、多くの人々の信仰を集めた。
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仁和寺の美しい庭園は、仁和の時代の趣を今に伝えている。
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