献通
こんとおり
名詞
標準
文例 · 用例
然るに此の陸行一月の字は魏略及び三國志より出でたる梁書、北史を始め、太平御覽、册府元龜、通志、文獻通考等、一も一日に作れる者なければ輕々しく古書を改めんことは從ひ難き所なり。
— 内藤湖南 『卑彌呼考』 青空文庫
これらは宋代の史學の大體であるが、宋末より元初にかけて注目すべきものは王應麟の玉海と馬端臨の文獻通考とである。
— ――史記より清初まで―― 『支那史學史概要』 青空文庫
文獻通考は王應麟の玉海が詞學のために作られたのに對して、當時の策學のために出來た。
— ――史記より清初まで―― 『支那史學史概要』 青空文庫
明代の『圖書編』や『續文獻通考』に據ると、天下の總戸數に對する南支那の戸數は、略左表の如き割合で増加して居る。
— 桑原隲藏 『歴史上より觀たる南支那の開發』 青空文庫
『九通』(『文獻通考』『續文獻通考』『皇朝文獻通考』『通志』『續通志』『皇朝通志』『通典』『續通典』『皇朝通典』をいふ)の如き、全部約二千三百卷の浩瀚なるもので全く通讀せられた。
— 桑原隲藏 『那珂先生を憶ふ』 青空文庫
一般には馬端臨の文獻通考が大變に整頓された良い著述であつて、鄭樵の通志は劣ると言はれてゐるのであるが、章學誠はそれに反して、通志の方がその出來榮が惡くても、史論が勝れて居つて、精神は立派なものであるといふことを主張して、馬端臨の文獻通考の方が劣るといふことを論じた。
— 内藤湖南 『章學誠の史學』 青空文庫
これが南宋の末頃に於ても、すでに書籍の解題を知るためには、この二書以上に出るものはなかつたと見え、馬端臨の文獻通考の中に、經籍考といふ書籍志を作る時には、大部分はこの二書に據つたのである。
— 内藤湖南 『支那目録學』 青空文庫
馬端臨の文獻通考の經籍考 王應麟と並んで有名なのは、宋末の馬端臨の文獻通考の經籍考であるが、これも勿論目録學上大切なもので、どうかすると、今日この本がないと解題さへ出來ぬ本が多い。
— 内藤湖南 『支那目録學』 青空文庫