日満
にちまん
名詞
標準
文例 · 用例
「この後ヨブは百四十年生きながらえてその子その孫と四代までを見たり、かくヨブは年老い日満ちて死にたりき」と十六、十七節は語りてヨブ記は大尾となる。
— 内村鑑三 『ヨブ記講演』 青空文庫
」第三編上に「今茲乙卯余年七十九、新正生々初日満天霞。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
したがって、初日の観客は一部の劇通かまたは特別の熱心家にかぎられ、初日満員などというのは殆んど例のないことで、どこの劇場も初日はいつも不入りに決まっていた。
— 岡本綺堂 『明治劇談 ランプの下にて』 青空文庫
二十七年の二月に逆櫓(綾瀬太夫)、堀川(播磨太夫)を上演した時などは、太夫を聴くだけでも一日の暇を潰す価値があるというので、毎日満員の大入りであった。
— 岡本綺堂 『明治劇談 ランプの下にて』 青空文庫
俳優は梅幸、高麗蔵、宗十郎、宗之助、松助、鴈治郎にて、見物席をすべて椅子席とし、入場料を切符制度としたる外国風の興行法が人気を呼びて、連日満員。
— 岡本綺堂 『明治演劇年表』 青空文庫
今日満足な欧人で音さえ立てずば放捨御免など主唱する者なく、上流また真面目な人はその話さえせぬ。
— 馬に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
東亜連盟は満州建国に端を発したのであり当時、在満日本人には一挙に天皇の下に東亜連邦の成立を希望するものも多かったが、漢民族は未だ時機熟せずとして、日満華の協議、協同による東亜連盟で満足すべしと主張し、遂に東亜新秩序の第一段階として採用されるに至った。
— 石原莞爾 『最終戦争論』 青空文庫
しかるに日満支だけでも実に莫大な資源を蔵している。
— 石原莞爾 『最終戦争論』 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避
日満(にちまん) 日本と満州国 日満議定書 日満経済ブロック 僧侶の名前 日満 (大石寺) - 日蓮正宗大石寺法主。 日満 (本土寺) - 日蓮宗平賀本土寺の貫首。
出典: 日満 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0