院宮
いんぐう
名詞
標準
文例 · 用例
仁孝天皇の御猶子、青蓮院宮の御附弟にならせ給ふ。
— 森鴎外 『能久親王年譜』 青空文庫
橋本経亮の『橘窓自語』に「長常という彫物師は類なき上手なり、円山主水応挙も絵の上手なりしが、智恩院宮諸太夫樫田|阿波守という人長常に小柄を彫りてよ、応挙の下絵を書かせんと誂えければ長常|諾いたり。
— 猪に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
◯閑院宮殿下が薨去された。
— 海野十三 『海野十三敗戦日記』 青空文庫
当夜は閑院宮殿下も御臨場になつたので、帝劇のボックスや我々のゐるオオケストラ・ストオルには、模様を着た奥さんや御嬢さんが大分方々に並んでゐた。
— 芥川龍之介 『あの頃の自分の事』 青空文庫
忽ち青木外相夫婦及び令嬢が、ずうと玄関の入口まで出で行くを何事と眺むれば、閑院宮同妃殿下の来りたまへるなり。
— 徳富盧花 『燕尾服着初の記』 青空文庫
きちようめんなる山県首相は閑院宮殿下、有栖川宮殿下と立ちながら何か話せば「聖壽萬歳」の額の下なるソフアには各妃殿下花の如くに坐して外国使臣の夫人なんどの挨拶に答へたまふ。
— 徳富盧花 『燕尾服着初の記』 青空文庫
ところが文亀二年になると、西面の築地新造の際西の方があき地であったので、二間ほどそのあき地へ押し出したことが日記に見え、また南の方は不遠院宮と地続きであったがその不遠院宮でも同様に西の方へはみ出されたと日記に記されてある。
— 原勝郎 『東山時代における一縉紳の生活』 青空文庫
旧宅は今出川の通りからして、武者小路の通りまで貫いておったのであるが、新宅の方は西の方が室町通りに面しているのみで、南は不遠院宮北は新大納言の典侍の間に挾まっておったらしい。
— 原勝郎 『東山時代における一縉紳の生活』 青空文庫