後円
こうえん
名詞
標準
文例 · 用例
ホコラのうしろはヒョウタン型か前方後円か形はハッキリしないが古墳にマチガイありません。
— 飛騨・高山の抹殺――中部の巻―― 『安吾の新日本地理』 青空文庫
其一で鶴山と呼ばれているのは、前方後円の大古墳で、正面を東に向け、周囲七町に余る堀を繞らしていた。
— 木暮理太郎 『山と村』 青空文庫
用途は大きい前方後円墳の周囲の垣根であった。
— 和辻哲郎 『人物埴輪の眼』 青空文庫
なるほど前方後円墳といふのはかういふ落ちついた感じのものかとしみ/″\感じた。
— 和辻哲郎 『西の京の思ひ出』 青空文庫
永和元年(天授元年)六月|後円融院が二条|為遠に撰集の勅命を下され、八月以後それに従事したが、六年後の永徳元年(弘和元年)八月二十七日為遠は五十歳で世を去ったので、十一月になって為重が仰せる蒙り、永徳三年(弘和三年)に一応完成した。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
これはその直ぐ半月ばかり後、四月十一日に後円融院が譲位になり、後小松天皇が御即位されるので、御譲位前に奏覧した形をととのえるためであったと思われる。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫