色板
いろいた
名詞
標準
文例 · 用例
描く男は丸い脊をぐるりと返して、調色板を持つた儘、三四郎に向つた。
— 夏目金之助 『三四郎』 青空文庫
で、吃驚した川口は、思わずよろよろと立上った途端に、左手に持ったままの調色板の油壺から零れ落ちた油を、うっかり踏み滑って、後にあった絵具箱へ、後頭部をいやと云う程打ちつけたのです。
— 大阪圭吉 『闖入者』 青空文庫
大正二年正月稿鈴木春信の錦絵一 浮世絵|板画は元禄享保の丹絵漆絵より寛保宝暦の紅絵となり、明和年間に及び鈴木春信によりてここに始めて精巧なる彩色板刻の技術を完成し、その佳麗なるが故を以て吾妻錦絵の名を得るに至れり。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫
寛保末年より宝暦末年に至るまで凡そ二十年間、浮世絵師の色彩に対する観念の時々刻々発達するに従ひ、彩色板刻に対する経験も円熟し来れり。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫
従来二色摺(紅絵)三色摺と称せしは皆一枚の板木のみにより(清満の三色摺中には紅絵の板木の外になほ他の色板を用ゐたるものあり)色の上に色を重ねて、他の色を摺出せしものなるが、この度各色ごとに板木を異にするに及びて、自由にいかなる多数の色をも摺出す事を得るに至りぬ。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫
春信はわが工芸史上、彩色板刻術の完成者たる名誉を担ふと共に、また浮世絵画面の大きさを決定したる功績を有す。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫
されば北斎が彩色板画の手腕を見んと欲すれば富嶽三十六景、諸国滝巡り、名橋奇覧、詩歌写真鏡の如き錦絵を採らざるべからず。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫
これら新案の設色法は思ふに肉筆の制作と異なりてなるべく手数を簡略ならしめんとする彩色板刻の技術上偶然の結果に出でたるや知るべからず。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫