紀聞
きぶん
名詞
標準
文例 · 用例
如中川侯之清俗紀聞、遠山侯之全象活眼此也。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
明治六年の出版にかかる「近世紀聞」という本に、その時代のことをこんなふうに書いてあります。
— 道庵と鰡八の巻 『大菩薩峠』 青空文庫
余明之の中呉紀聞卷二に見えて居る。
— 内藤湖南 『尚書稽疑』 青空文庫
左傳ばかりでありません、春秋にはその外の公羊傳などにも出て居りますが、それに就て宋の王應麟は困學紀聞に於てその事を注意して居ります。
— 内藤湖南 『支那歴史的思想の起源』 青空文庫
困學紀聞の最終の雜識と申します篇にそのことを澤山擧げて居りまして、これは主に禮記とそれから左傳とに據つて書いたのでありますけれども、左傳に「始」といふ文字を用ゐてあるのは、必ず何か新しき事柄の始まつた時のことを現はしてあるので、この「始」といふことが大切なんで、「始」といふことが皆必ず書いてある。
— 内藤湖南 『支那歴史的思想の起源』 青空文庫
かういふ風に始めて何々するといふことは澤山左傳に出て居るが、それは皆「始」といふことが第一大切で、物の變化といふことのこれが證據になるから、そこでこの「始」といふ文字を書いてあるのだといふことを困學紀聞の卷の二十に書いて居ります。
— 内藤湖南 『支那歴史的思想の起源』 青空文庫
王應麟はその外にも困學紀聞の卷の五に「禮記の曾子問篇は變禮に於て講ぜざることなし」といふことを云つて居ります。
— 内藤湖南 『支那歴史的思想の起源』 青空文庫
王應麟も之を朱子の語類によつて困學紀聞の中に書いて居りますが、王應麟は朱子程に極端には考へないで、これらの後からの記事は左傳の舊文ではない、もと左傳になかつたのを、後の人が入れたのだといふ風に考へて居ります(9)。
— 内藤湖南 『支那歴史的思想の起源』 青空文庫