村役人
むらやくにん
名詞
標準
文例 · 用例
百姓達から悪罵を浴びせられ、うしろから小突かれながら、良寛さんは村役人の家にひつぱられて来た。
— 新美南吉 『良寛物語 手毬と鉢の子』 青空文庫
ただひとつ残っているてだては、村役人のところへ訴えることだが、かしらもまさかあそこへは行きたくないでしょう。
— 新美南吉 『花のき村と盗人たち』 青空文庫
村役人というのは、いまでいえば駐在巡査のようなものであります。
— 新美南吉 『花のき村と盗人たち』 青空文庫
たずねて村役人の家へいくと、あらわれたのは、鼻の先に落ちかかるように眼鏡をかけた老人でしたので、盗人たちはまず安心しました。
— 新美南吉 『花のき村と盗人たち』 青空文庫
そこで酒をのみはじめましたが、五|人の盗人と一人の村役人はすっかり、くつろいで、十|年もまえからの知り合いのように、ゆかいに笑ったり話したりしたのでありました。
— 新美南吉 『花のき村と盗人たち』 青空文庫
それから五|人の盗人は、お礼をいって村役人の家を出ました。
— 新美南吉 『花のき村と盗人たち』 青空文庫
村役人を連れて帰つた爺いさんが、其夜の中に死骸を見付けて、二十二日に領主稲葉|丹後守に届けた。
— 森鴎外 『大塩平八郎』 青空文庫
村役人は平生からその豪家を憎んでいたので、すぐに官に訴えた。
— 閲微草堂筆記(清) 『中国怪奇小説集』 青空文庫
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村役人(むらやくにん)は、江戸時代(近世)の日本の村落(近世村)において村政をになった百姓。東日本では名主・組頭・百姓代、西日本では庄屋・年寄・百姓代(組頭)を村方三役と呼ぶことが多いが、呼称は時期・地域によって異なる。また東北では名主・庄屋を肝煎と呼ぶことが多い。村方三役のほかに大庄屋(割元・十村)がおかれる場合があった。
出典: 村役人 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0