治要
ちよう
名詞
標準
文例 · 用例
『長興記』をして、「本朝五百年来此の才学なし」とまで評さしめた当時の碩学一条|兼良は『樵談治要』の中で浩歎して述べて居る。
— 菊池寛 『応仁の乱』 青空文庫
此の『樵談治要』は応仁の乱後、彼が将軍|義尚に治国の要道を説いたものから成って居るのであるから、先ず当時に於ける悲惨な知識階級の代表的な意見であろう。
— 菊池寛 『応仁の乱』 青空文庫
さらに元和元年、大坂方と対戦中に、「群書治要」を刊行させてゐる。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
所が今日は此人の「日本紀纂疏」の事をお話するのではありませぬ、極く平凡な本の方をお話するのであります、それは「樵談治要」といふ本でありまして、群書類從に出てゐる本であります。
— 内藤湖南 『應仁の亂に就て』 青空文庫
而もそれが悉く足輕の所行でありましたので、其事が樵談治要に出てゐるのであります。
— 内藤湖南 『應仁の亂に就て』 青空文庫
勿論是は大體から考へて言つた事で、一々證據を擧げる段になると多少の取除を生ずることは勿論でありますが、しかしながら樵談治要を見ると、當時の人が又さういふ事を感じて居つたといふ事が分りまして非常に面白く思ふのであります。
— 内藤湖南 『應仁の亂に就て』 青空文庫
是は樵談治要と共に當時の状態相應の政治に對する意見であつて、さういふ意見が當時の人にあつた事が分るのであります。
— 内藤湖南 『應仁の亂に就て』 青空文庫
當時の記録によれば、一條家の文書七百合が街路に散亂したといふことで、それを非常に悲んだといふことでありますが、樵談治要の著述などもさういふ所から來てゐるのでありませう。
— 内藤湖南 『應仁の亂に就て』 青空文庫