会津戦争
あいづせんそう
名詞
標準
Battle of Aizu (1868)
文例 · 用例
まして祖父を見た事のない、あるいは朧気にしか覚えていない子供等には、会津戦争や西南戦争時代の昔話は書物で見る古い歴史の断片のようにしか響かないだろう。
— 寺田寅彦 『小さな出来事』 青空文庫
明治座の「会津※明治組重」は竹柴其水の作、維新の会津戦争から今度の日清戦争までを連続して脚色した通し狂言で、むかしの戦いと今の戦いとを対照して見せたようなものであった。
— 岡本綺堂 『明治劇談 ランプの下にて』 青空文庫
幸田八五郎は、薩の大山格之助の知遇を得て薩軍に従うていたが、これは会津戦争で討死した。
— 菊池寛 『仇討禁止令』 青空文庫
南洲翁の墓の裏の参考館では、わたくしたちは会津戦争に於いて戦死した一薩摩隼人の守袋を見た。
— 吉田絃二郎 『八月の霧島』 青空文庫
それとも、会津戦争も始まってるような際だからと言って、こんな事件は秘密にしてしまいましょうか。
— 第二部上 『夜明け前』 青空文庫
犬山の城主|成瀬正肥、尾州の重臣田宮如雲なぞの動きを語る清助の話は、会津戦争に包まれて来た地方の空気を語っていないものはなかった。
— 第二部上 『夜明け前』 青空文庫
強大な諸侯らの勢力は会津戦争を背景として今や東と西とに分かれ、この国の全き統一もまだおぼつかないような時代の薄暗さは、木曾の山の中をも静かにしては置かなかった。
— 第二部上 『夜明け前』 青空文庫
会津戦争の空気はなんとなく各自の生活に浸って来た。
— 第二部上 『夜明け前』 青空文庫
作例 · 標準
例句