相伴衆
しょうばんしゅう
名詞
標準
文例 · 用例
「何んとでござるなご相伴衆、拙者が持てばこの棹、正しく手槍となりましょうがな、ケ、ケ、ケ、ケ、態ア見やがれ!
— 国枝史郎 『神州纐纈城』 青空文庫
天狗星の流れます年の春には花頂|若王子のお花御覧、この時の御前相伴衆の箸は黄金をもって展べ、御供衆のは沈香を削って同じく黄金の鍔口をかけたものと申します。
— 神西清 『雪の宿り』 青空文庫
天狗星の流れます年の春には花頂|若王子のお花御覧、この時の御前相伴衆の箸は黄金をもつて展べ、御供衆のは沈香を削つて同じく黄金の鍔口をかけたものと申します。
— 神西清 『雪の宿り』 青空文庫
政庁の三好、松永が頼むに足りないとしたら、管領のほかに、世に将軍家の御相伴衆といわれている山名、一色、赤松、土岐、武田、京極、細川、上杉、斯波などという大名たちはどうしているのか。
— 第二分冊 『新書太閤記』 青空文庫
「彼は、昨年来、幾たびの催促にも、将軍家の令を無視し、また、朝廷あることを知らず、皇居の御造営にも、一材の奉仕すらしておらぬ――しかも身は柳営の御相伴衆として、譜代、職にありまた、天恩に浴しながら、一門の栄華と遊惰しか思わない有様である。
— 第三分冊 『新書太閤記』 青空文庫
王族より出て、但馬の豪族となり、足利尊氏を扶けて、後、越前一国を領し、文明年間から、ここに根を張り拡げて、北国随一の旗頭 と、自他共にゆるし、室町将軍の御相伴衆という位置、また、財力に豊かな点や、兵力の多数を恃んで、(ならぶ者なき北土の名門) と、驕っていた朝倉家であり、当主の義景であった。
— 第三分冊 『新書太閤記』 青空文庫