水攻
すいこう
名詞
標準
文例 · 用例
それが今になって水攻めに会おうなんて、悲しいですよ。
— ――生きる為に―― 『山谿に生くる人々』 青空文庫
却って此城に動かずに居れば政宗も手を出しようは無い、と高清水攻を敢てせずに政宗の様子のみに注意した。
— 幸田露伴 『蒲生氏郷』 青空文庫
竹内市兵衛の子吉兵衛は小西行長に仕えて、紀伊国太田の城を水攻めにしたときの功で、豊臣太閤に白練に朱の日の丸の陣羽織をもらった。
— 森鴎外 『阿部一族』 青空文庫
さて最後に、羽柴筑前守秀吉であるが、当時、中国の毛利大膳大夫輝元を攻めて、高松城水攻をやっていたが、京都の凶報が秀吉の陣に達したのは、六月三日|子の刻であるが、五日の朝まで、信長生害の事を秘して、終に毛利との媾和に成功した。
— 菊池寛 『賤ヶ岳合戦』 青空文庫
石田三成の水攻めにあいながらも、よく堅守して居る忍城の成田氏長の様な勇将もあったが、小田原城の士気は全く沮喪して仕舞った。
— 菊池寛 『小田原陣』 青空文庫
史記の滑稽列傳に見えた魏の文侯の時、拜の亂に官軍が三月餘り圍んで水攻め迄したが内變なき間は拔けなんだ。
— 南方熊楠 『人柱の話』 青空文庫
秀吉が小田原陣の時、三成は命をうけて、武州忍の城におしよせ、堤をきづきて、水攻めにせしことあり。
— 大町桂月 『石田堤』 青空文庫
三成が水攻めの計畫はさもあるべきこと也。
— 大町桂月 『石田堤』 青空文庫