役料
やくりょう
名詞
標準
文例 · 用例
尋で政義は十年三月に浦賀奉行になつて、役料千石を受けた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
十三年三月に更に長崎奉行に遷されて、役料四千四百二俵を受けた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
長崎奉行は千石高で、役料四千四百二俵を給せられた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
武鑑を検するに、多紀永寿院は「法印、奥御医師、御役料二百俵、向柳原、」同|安長は「法眼、奥御医師、向柳原、父永寿院」と云つてある。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
其他の人々中吉田快庵「法眼、奥御医師、御役料二十人扶持、両国若松町、」千田玄知「表御医師、後寄合、二百俵、駿河台、」此二者は武鑑に見えてゐる。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
野間|玄琢は「野間安節、寄合御医師、二百俵、呉服橋、」山本楊庵は「山本宗英、法眼、奥御医師、御役料二十人扶持、小川町、」曲直瀬正隆は「曲直瀬養安院、寄合御医師奥詰、千九百石、神田橋外」であらうか。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
此年の武鑑に「辻元※庵、奥御医師、二百俵高、御役料三十人扶持、下谷長者町」と記してある。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
矢の倉の多紀分家は「多紀楽真院法印、父安長、奥御医師、二百俵高、御役料二百俵、両国元矢の倉」、「多紀安琢、父楽真院、御医師方子息」と記してある。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
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役料(やくりょう)とは、江戸幕府が幕臣に支給した役職手当の1種。
出典: 役料 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0