慈光
じこう
名詞
標準
文例 · 用例
靉靆き渡る霞の中に慈光|洽き御姿を拝み候。
— 泉鏡花 『一景話題』 青空文庫
私の見た少女 楠さん楠さん 楠さんは真宗寺の慈光寺の娘さんでした。
— 與謝野晶子 『私の生ひ立ち』 青空文庫
その慈光寺の門には金の大きい菊水の紋が打たれて居て、其下に売薬の古い看板がかゝつて居ました。
— 與謝野晶子 『私の生ひ立ち』 青空文庫
今思へばそれ程のこともありませんが其頃の私には慈光寺の庭程美しい趣の多い所はないやうに思はれました。
— 與謝野晶子 『私の生ひ立ち』 青空文庫
プラーゲ旋風が果して国難的旋風であるか、楽壇啓蒙の薫風であるか――それとも国辱的旋風であるか――の正体を掴み、其の捲き起こる原因を究明して、之に対処していたならば、今頃は旋風一過して太陽の慈光が遍照していよう筈なのに、旋風が益々力を加えつつある所を見ると、日本楽壇に人無きの嘆に堪えぬ。
— 山下博章 『「プラーゲ旋風」の話』 青空文庫
法隆寺から夢殿へ、それから中宮寺を巡って法輪寺へ、法起寺を過ぎて慈光院に至り、石州の茶室でお茶を御馳走になってから小泉の駅へ出る道は、西の京から薬師寺と唐招提寺へ行く道とともに、私の最も好ましく思ったところである。
— 亀井勝一郎 『大和古寺風物誌』 青空文庫
中宮寺から法輪寺・法起寺・慈光院への道、西の京のあたり、結局私はそちらへ心をひかれるのだ。
— 亀井勝一郎 『大和古寺風物誌』 青空文庫
ただし常に微笑をもって、人に春風を感ぜしめるような慈光は持たないが、決して、はた目から見て、(いかばかり御憂鬱であろうぞ。
— 第十一分冊 『新書太閤記』 青空文庫