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日宋

にっそう
名詞
1
標準
文例 · 用例
宋公の妻の父の家が城内の西門の内にあったが、ある日宋公が国王の乗るような輿に乗り、たくさんの供を伴れて入って来て拝をしていってしまった。
蒲松齢 考城隍 青空文庫
すでに福原の開地は着工させ、大輪田ノ泊の築港を計画し、日宋貿易を将来に考え、また厳島を、海の平家の氏神として、納経を立願したり、そこの造立や改築を心がけたりなど――すべては彼が五十歳前後に剋ちえた時運と権力と健康をそそいで、短い一生のまに、その成果をみようとしたものです。
吉川英治 随筆 新平家 青空文庫
(二六・九・二)       * 清盛の夢はようやく、経ヶ島の築港、厳島の造営、日宋貿易の誘致など、夢ならぬ現実を見て――承安三年、入道相国の五十六歳には――月ノ御所、西八条など、平家一門が軒をならべる所――花らんまん、まさに史にいうところの平家全盛時代は今と見えました。
吉川英治 随筆 新平家 青空文庫
あの時代に、築港という至難な事業をあえて興して、日宋文化への大きな交流の門をひらいた清盛の国際的意欲は、それだけでも、偉なりといっていい功績かと思う。
吉川英治 随筆 新平家 青空文庫
壮年期には、大宰大弐という官職にもついていたし、晩年には日宋貿易の上からも、彼と九州とは、唇歯の関係もただならぬものであったのに。
吉川英治 随筆 新平家 青空文庫