貶謫
貶謫
名詞
標準
文例 · 用例
公の貶謫と死とは余ほど当時の人心に響を与へてゐたに疑無い。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
さすれば謂は早くより因果の説を信じていたればこそ、後年|貶謫されるに至って愈々深く之を信じたので、或は早く寂照に点化されたのかも知れない。
— 幸田露伴 『連環記』 青空文庫
かく政治犯罪者――知識階級に屬する――が貶謫されて、その儘南方に永住する者、即ち當時いはゆる落南の人士が次第に多きを加へ、又唐の中世の安史の亂、さては唐末五代の亂に、北方の士庶の難を南方に避くる者も尠くなかつた。
— 桑原隲藏 『歴史上より觀たる南支那の開發』 青空文庫
これが何の貶謫であろう。
— 喜田貞吉 『道鏡皇胤論について』 青空文庫
しかるに天皇の道鏡に対する御信任はあまりに篤く、清麻呂の伏奏もその当時においては実にただ姉弟の貶謫にのみ終ったのであった。
— 喜田貞吉 『道鏡皇胤論について』 青空文庫
清麻呂姉弟の貶謫の際においても事件を単に表面に現われたもののみに局限して、他の同志に及ぼさぬとの事は明らかに天皇の宣命にも仰せられているのである。
— 喜田貞吉 『道鏡皇胤論について』 青空文庫
しかるにもかかわらず彼は道鏡貶謫と同時に、多※島守に栄転し、また道鏡の死と同時に、さらに日向守に栄転したのであった。
— 喜田貞吉 『道鏡皇胤論について』 青空文庫
獄中所感 ○文久二年、三十六歳、沖永良部島貶謫中。
— 西郷隆盛 『遺篇』 青空文庫