後漢書
ごかんじょ
名詞
標準
Houhan Shu
文例 · 用例
王念孫(中国清代の学者)は、『広雅』で貫は「行也」と注釈している、『荀子(王制篇)』に「為之貫之」とある貫も、「為す」即ち「行う」の字義である、『漢書(谷永伝)』に「以次貫行、固執無違」とあるのも、『後漢書(光武十王伝)』に「奉承行貫」とあるのも、皆「行う」と訓むべきである。
— 幸田露伴 『一貫章義(現代訳)』 青空文庫
『後漢書』東夷列伝に、〈倭韓の東南大海中にあり云々、その地おおむね会稽東冶の東にあり、朱崖|※耳と相近く、故にその法俗多く同じ云々、土気温暖、冬夏|菜茹を生じ牛馬虎豹羊|鵲なし〉。
— 馬に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
同じ『後漢書』東夷列伝に、辰韓は秦人(支那人)が馬韓より地を割き受けて立てた国で、〈牛馬に乗駕す〉と特書せるを見ると、当時韓地にも牛馬を用いぬ所があったので、千年ほど前出来た『寰宇記』に、琉球に羊と驢と馬なく、〈騎乗を知らず〉といえるもその頃そうであったのだ。
— 馬に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
『後漢書』南蛮伝に交趾の西に人を※う国あり云々、妻を娶って美なる時はその兄に譲る。
— 鶏に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
又日本の大學の教科目は如何と云ふに、明經道、紀傳道、明法道、算道、書道、音道等であつて明經道では九經(三經、三傳、三禮即ち詩經、書經、易經、公羊傳、穀梁傳、左氏傳、周禮、儀禮、禮記)を研究し、紀傳道では史記、漢書、後漢書を研究し、この方は史學であると共に文學であつた。
— 内藤湖南 『平安朝時代の漢文學』 青空文庫
三國志は晉代に成りて、今の范曄の後漢書は、劉宋の代に成れる晩出の書なれども、兩書が同一事を記するに當りて、後漢書の取れる史料が、三國志の所載以外に及ぶこと、東夷傳中にすら一二にして止らざれば、其の倭國傳の記事も然る者あるにあらずやとは、史家の動もすれば疑惑を挾みし所なりき。
— 内藤湖南 『卑彌呼考』 青空文庫
既に三國志の倭人傳が魏略より出でたるを決せば、次で決したきは後漢書の倭國傳も、同じく魏略より出でたりや否やなり。
— 内藤湖南 『卑彌呼考』 青空文庫
後漢書の作者たる范曄は支那史家中、最も能文なる者の一なれば、其の刪潤の方法、極めて巧妙にして、引書の痕跡を泯滅し、殆ど鉤稽窮搜に縁なきの恨あるも、左の數條は明らかに其馬脚を露はせる者と謂ふべし。
— 内藤湖南 『卑彌呼考』 青空文庫
作例 · 標準
「後漢書」は、後漢時代の歴史を理解するための一次資料です。
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『後漢書』(ごかんじょ)は、古代中国後漢朝について書かれた歴史書で、二十四史の一つ。紀伝体の体裁を取り、本紀10巻・列伝80巻・志30巻の全120巻からなる。「本紀」「列伝」の編纂者は南朝宋の范曄で、「志」の編纂者は西晋の司馬彪。
出典: 後漢書 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0