持節
じせつ
名詞
標準
文例 · 用例
その後蘇武が窖の中に幽閉されたとき旃毛を雪に和して喰いもって飢えを凌いだ話や、ついに北海(バイカル湖)のほとり人なき所に徙されて牡羊が乳を出さば帰るを許さんと言われた話は、持節十九年の彼の名とともに、あまりにも有名だから、ここには述べない。
— 中島敦 『李陵』 青空文庫
そして袖を掻き合わせてうやうやしく礼をして、「朝儀大夫、使持節、台州の主簿、上柱国、賜緋魚袋、閭|丘胤と申すものでございます」と名のった。
— 森鴎外 『寒山拾得』 青空文庫
そして袖を掻き合せて恭しく禮をして、「朝儀大夫、使持節、台州の主簿、上柱國、賜緋魚袋、閭丘胤と申すものでございます」と名告つた。
— 森鴎外 『寒山拾得』 青空文庫
ここにおいてさらに我が続日本紀を按ずるに、文武天皇大宝二年五月、遣唐持節使|粟田真人唐に入る。
— 喜田貞吉 『国号の由来』 青空文庫
讚死弟珍立、遣使貢獻、自稱使持節都督倭・百濟・新羅・任那・秦韓・慕韓六國諸軍事・安東大將軍・倭國王、表求除正、詔除安東將軍・倭國王。
— 沈約 『宋書倭國傳』 青空文庫
二十八年、加使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六國諸軍事、安東將軍如故、并除所上二十三人軍郡。
— 沈約 『宋書倭國傳』 青空文庫
興死弟武立、自稱使持節都督倭・百濟・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七國諸軍事・安東大將軍・倭國王。
— 沈約 『宋書倭國傳』 青空文庫
詔除武使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六國諸軍事・安東大將軍・倭王。
— 沈約 『宋書倭國傳』 青空文庫