軽郡
けいぐん
名詞
標準
文例 · 用例
乃ち其地の酋長を以て津軽郡領とす。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
鎮守府将軍秀郷より八世秀栄、康和の頃陸奥津軽郡の地を領し、後に津軽十三の湊に城きて居り、津軽を氏とす。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
「津軽平野」陸奥国、南・中・北、三津軽郡に亘る平野。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
勿論、事実に於いて南部高信は津軽為信のために亡ぼされ、津軽郡中の南部方の諸城は奪取せられて居るのみならず、為信数代の祖大浦光信の母は、南部久慈備前守の女であり、以後数代南部信濃守と称して居る家柄であつたから、南部氏の津軽家に対し一族の裏切者として深怨を含んで居る事も無理のない事と思ふ。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
明治四十二年六月十九日、青森県北津軽郡金木町に生れた。
— 太宰治 『狂言の神』 青空文庫
通帳には旧住所の青森市何町何番地というのに棒が引かれて、新住所の北津軽郡金木町何某方というのがその傍に書き込まれていた。
— 太宰治 『親という二字』 青空文庫
田舎者太宰治 私は、青森県北津軽郡というところで、生れました。
— 太宰治 『田舎者』 青空文庫
これも似寄りの話で、陸奥国南津軽郡大鰐という所に長者があり、その家に一人の息子がありました。
— 佐々木喜善 『東奥異聞』 青空文庫